ある日の朝
浅い眠りから眼が覚めると、空虚と頭痛が同時に襲ってきた。昨日の夜、ヤケになってたくさん飲んだ赤ワインがまだもったりと体に残っている。独りで飲んで二日酔いだなんて、情けない。
買い置きしておいたダカラを冷蔵庫から出し、ぐいっと喉に流し込む。ひんやりとした液体が空っぽの胃に流れ込んで、やっと目が開いた感じがした。カラダ・バランス飲料ってCMでも言ってるぐらいだから、これで昨日のアルコールもチャラになるぐらいバランスとれただろうと勝手な解釈をしてみる。
トイレ→歯磨き→洗顔→スキンケア→スーツに着替える→メイクといつものルーティンをこなし、髪の毛は適当に後ろでまとめた。今日はヘアセットまでする気持ちの余裕はない。
マンションから徒歩5分の国分寺まで小走りで駆け込んだ。別に急がなきゃいけないような時間でもなかったけど、なんだか走りたい気分だったから。
いつもより1本早い電車に乗り込んだ瞬間、どっと体が重くなった。二日酔いなのをすっかり忘れていた。走るんじゃなかった。つり革に体重の殆どを預け、呼吸が整うのをじっと待つ。
通勤の電車の中では、音楽を聴きながらツイッターを見るのがあたしの日課だ。でも今日はあのニュースが流れてきそうなので見ないようにする。もうこれ以上自分の傷をえぐりたくない。ドア近くに陣取っている女子高生3人組の声も聞こえてこないようにiPhoneの音量をいつもより2つ上げている。
ぼーっとしてると嫌な妄想をしてしまう。気分を紛らわせようと何年か前にダウンロードしたっきりのKindleを開いた。昔好きだった恋愛漫画を読んでみるけど、全く頭に入ってこない。前はあんなにハマっていたのに。先週「やっぱり二次元より三次元!」って言ってたな、あたし。もう二次元のイケメンにはときめかない体になってしまったのかもしれない。
ふと斜め前を見るとスーツ姿のカップルが手を繋いで並んで座っていた。ひそひそとした話し方が鼻につく。完全に八つ当たりだってことはわかってる。でも今日だけは八つ当たりさせて欲しい。
そういえば自分にはずいぶん長いこと彼氏がいなかったな、と思う。もう何年とか数えるのはやめてしまったけど。この先、あたしは誰かに恋できるのだろうか。あの彼にときめいたように誰かにドキドキできるのだろうか。こんなこと考えるなんて馬鹿げているのはわかっている。恥ずかしくて誰にも言えない。無かったことにしてしまえるならそうしたい。でもできない。そんなことをぐるぐると考えながら、誰にも聞こえないようにひっそりとため息をついた。
するとiPhoneが短く振動した。親友のまゆみからのLINEだ。
「ニュースみた?福士蒼汰熱愛!!超ショックだよねー(T_T)」
あ、そうか。ショックだったのは私だけじゃないんだ。ショックって言ってもいいんだ。
「超ショックだよー(T_T)今日は飲みに行こう!ヤケ酒だ!ww」
送信ボタンを押した瞬間、気持ちがフッと軽くなった。そうだあたしはテレビの向こう側の彼に恋をして、失恋したんだ。本当に付き合えるとか思ってたわけじゃない。けどショックなものはショックなのだ。仕方がない。べつに笑われたっていい。恥ずかしいことかもしれないけど、これがあたしなんだ。
もうすぐ新宿駅。
あたしのリアルな1日がはじまる。
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福士蒼汰くんファンの女の子の気持ちを勝手に妄想して書いてみました。完全にフィクションです。(私はワインも飲めないし、新宿で働いてもいません)
芸能人の熱愛報道にショックを受けるのはなぜかということについてPodcastでも語っていますので、お耳がお暇でしたらどうぞ。↓